種分化と進化の実体6
(以下の記事は 進化論と創造論についての第1掲示板での[ユッキーさん]とのやりとりを加筆,修正したものです)
[ユッキーさん]種を超えた変化があれば教えてください、
ホント、理解できないです、
もっと簡単にそれを説明できませんか?
もうすでにたくさんの例が紹介されているんですよ,
実例を挙げながら,なるべく簡単に説明しているつもりなんですが,
正確に伝えようとすると,どうしても話の内容は難しくなりますね
[ユッキーさん]Origins Archiveというページは日本語じゃないので、
読めないのですけど、
哺乳類は無理ですか、
残念ですけどそうゆうニュースがでたらお願いします、
ミケさんが挙げた実例の中で,
>ハツカネズミ(マウス、Musculus musculus)
>シロアシネズミ(deer mouse、Peromyscus maniculatus)
>ポケットマウス(Perognathus amplusとP. longimembris)
は哺乳類ですよ
Talk Origins Archiveの中では上記のシロアシネズミの他に、
Spalax ehrenbergi(メクラネズミの仲間)も
輪状種の例として挙げられています、
(蚊・ミバエ・ハチ・サンショウウオ・ムシクイなどの鳥・いくつかの植物)
[ユッキーさん]この二つは早い話、
ネズミでもない種の中間ってことですね、
この二つはどのネズミの種から生まれたのですか?
『ネズミでもない種の中間』という表現が意味不明です
そもそも日本語の『ネズミ』は種の名前ではなく,
齧歯目などの小型哺乳類の多くの種を含む総称ですから
まずは,ミケさんがリンクしたサイトを読んでみて下さい
>the deer mouse (Peromyces maniculatus), with over fifty subspecies in North America
北米のシロアシネズミには50以上の亜種があって,
それらが『輪状種』になっているんですよ
>In ring species, the species is distributed more or less in a line,
>such as around the base of a mountain range.
>Each population is able to breed with its neighboring population,
>but the populations at the two ends are not able to interbreed.
輪状種(ring species)では,隣合う個体群同士は繁殖可能ですが,
両端の個体群は繁殖ができなくなっています
>Ring species show the process of speciation in action.
つまり,『輪状種』は生殖隔離が形成される過程(種分化)を
示しているということです
ユッキーさんは「種の定義」として生殖隔離を重視するという
意味の発言されていましたよね
>>それでは,ユッキー氏の定義する『種』とは何でしょうか?
[ユッキーさん]繁殖可能で子孫を残せる同種。
「生殖隔離」だけを基準とすると,
シロアシネズミの集団は隣合う集団同士は「同種」ですが,
両端の集団同士は『別種』となってしまいますよ
また,「生殖隔離」と一口に言ってもその中身は様々です
比較的分かりやすいのは『交配後隔離』ですね
これには遺伝的な不和合性のような生理的な障壁による隔離
などが含まれます
例えば,ヤギCapra aegagrus hircusとヒツジOvis ariesのように,
交配しても雑種ができない場合もあれば,
雑種はできても,子供に繁殖能力がない(不妊性)場合もあります
ロバのオスとウマのメスを交配させると,
不妊性の一代雑種ラバEquus asinus X Equus caballusが生まれ,
逆に,ロバのメスとウマのオスを交配させると,
ケッテイEquus caballus X Equus asinus(これも不妊性)が生まれます
ウマやロバとシマウマ類との交配でも
一代雑種(ゼブロース,ゼブラスなど)しか生まれません
野生牛バンテンBos javanicusと家畜牛の一代雑種は
オスの生殖能力は弱いものの,メスには正常な繁殖能力があり,
東南アジアの家畜牛に
バンテンが遺伝的影響を与えていることも明らかになっています
IJ Nijman et al.(2003)Hybridization of banteng (Bos javanicus) and zebu (Bos indicus) revealed by mitochondrial DNA, satellite DNA, AFLP and microsatellites. Heredity:90, 10–16
また,家畜牛(Bos taurusやBos indicus)(2n = 60)とは
属が異なるとされるアメリカバイソンBison bulls(2n = 60)
との雑種も作られていますし,
HYBRID BOVINES. AMERICA MAKES SOME NEW ANIMALS - By Frank Thone (Miami Daily News Record, 7th March, 1929)
染色体数の異なるガウルBos frontalis(2n = 58)と
コブウシ(インド家畜牛)Bos indicus(2n = 60)の雑種も作られています
(Application of Frozen Sperm of Mithun in Superovulation of Zebu and Parentage Identification of Crossbred F_1(Mithun×Brahman)
これらの雑種も雄は不妊のようです
染色体数が異なると言えば,
アジアスイギュウBubalus bubalisの
river type(2n = 50,強くカールした角または真直ぐに垂れた角を持つ)と
swamp type(2n = 48,大きな円弧を描く角を持つ)の間の雑種もいますし,
(Bongso TA, Hilmi M, Basrur PK.(1983)Testicular cells in hybrid water buffaloes (Bubalus bubalis).Res Vet Sci. :35(3):253-8.)
(天野 卓(1982).水牛の血液型ならびに東亜における水牛の系統成立に関する一考察.ABRI,10:19-27
家畜ウマEquus caballus(2n = 64)と
モウコノウマE. przewalskii(2n =66)の雑種もいて,
(Chandley AC, Short RV, Allen WR. (1975) Cytogenetic studies of three equine hybrids. J Reprod Fertil Suppl. (23):356-70.)
これらの雑種には繁殖能力があるようですね
また,アゲハチョウの仲間では,ハンドペアリング(人工交尾)
による種間交雑の受精率,孵化率,最終到達期,雑種個体の
生殖能力などから種間の近縁度を明らかにした研究があります
(阿江 茂, 1988.アゲハチョウ属の交雑を中心とした種とその分化の研究. 蝶類学の最近の進歩 (Spec.Bull.Lep.Soc.Jap., (6) : 475-498)
つまり,別種であっても
「近縁種間では(様々な段階での)交雑の成功率が高くなり,
類縁関係が遠くなるほど,交雑の成功率が低くなる」
というように,
『交配後隔離』の程度の違いは連続的であるということです
このように『交配後隔離』に限ってみても,
完全な隔離(雑種が生じない)~
不妊性の一代雑種しか生じない
or
受精率・孵化率が低い
or
雑種の死亡率が高い~
雑種の一方の性だけにしか繁殖能力がないなど,
いくつも段階があることが分かりますね
このような隔離機構の進化には,
「遺伝的浮動」と「自然選択」の両方が関係していると
考えられていますが,
どちらがどの程度の割合で関係してるかという点については,
議論があるようです
接合後隔離に関わる遺伝子は,
集団内では,中立か,あるいはやや有害であると思われ,
遺伝的浮動によって集団中に固定されていくと考えられます
しかし、近年、sexualconflictによる自然選択の効果で
種分化に関わる遺伝子が急速に進化することが分かってきました
(澤村・前原・村田.2011.種分化の分子生物学-最近の研究から見えてきたこと.遺伝65(3), 2-4)
また,バンテンと家畜牛の雑種などに見られるように,
哺乳類の雑種の場合は雄が不妊になることが多い傾向があります
これはホールデンの法則と呼ばれる経験則で
「系統の異なる動物の雑種第1代で一方の性にのみ現れない,
少ない,あるいは不妊といった異常が見られる場合,
そちらの性が異型接合(哺乳類の多くはXYの性染色体をもつ雄,
鳥類では雌(ZW型))の方だ」というものです
異種ゲノムの不適合性が引き起す雑種の不妊・発育不全現象の遺伝的制御機構.(文部科学省科学研究費補助金「新学術領域研究』)松田班HP
集団遺伝学的な観点から,雑種致死や不妊が1遺伝子によって起こる
とは考えにくいため, 2遺伝子間の不和合によって引き起こされる
という「BDMモデル」が提唱されています
ホールデンの法則の成立要因もBDMモデルを前提に推定されていますね
(澤村京一.1994.ホールデンの法則をめぐる論争:「種分化の遺伝子」を追う、科学(岩波書店) 64: 545-549)