種分化と進化の実体7

(以下の記事は 進化論と創造論についての第1掲示板での[ユッキーさん]とのやりとりを加筆,修正したものです)

 

種分化においては『交配後隔離』が重用視されがちで,
近縁種との交雑を生じない集団を「good species」と呼んだりするんですが,
近年の分子分析の発展によって,外見では雑種に見えなくても,
交雑は以前考えられていたものよりもずっと頻繁なことが分かってきました

Speciation . Jerry A. Coyne (著), H. Allen Orr (著). Sinauer Associates Inc (2004/5/28)

 

要するに,近縁種間で完全な生殖隔離が見られる種はほとんどないので,
現実の野外の生殖隔離において重要なのは,
『交配前隔離』の方かも知れません

マガモオナガガモカルガモ
イエズズメとスペインスズメ
ヒグマとホッキョクグマ
あるいは前回紹介したアゲハチョウ属の場合も,
たとえ同処性の個体群であっても,
通常は異種間の交尾そのものがめったに起こりません

これには『交配前隔離』には幼児期のインプリンティング(すりこみ)
による同類判定の基準によって
繁殖行動が決定し,他の集団から「生殖隔離」されている場合
なども考えられます


実際,飼育条件下で正常なすりこみを受けなかった個体は
別種とも交尾してしまう例が知られています
15~16世紀のインカ族は質の良い毛皮を得るために,
幼い頃からアルパカに育てさせたビクーニャの雄とアルパカの雌で
雑種を作っていました
これはすりこみによって,
ビクーニャの同類判定の基準を変えてしまうことで,
自然状態では仲が悪く交尾しようとしない2種を交配させる技術です
(そもそもアンデスラクダ科哺乳類(野生種2種と家畜種2種)は
 近縁で互いに交配可能というのが前提ですが)
アンデスではラクダ科の野生種であるグアナコ (Lama guanicoe)
>(図 3)やビクーニャ(Vicugna vicugna)(図 4)からリャマ,

>(Lama glama)(図 5) やアルパカ(Lama pacos)(図 6)が,
>家畜化され、 搾乳を伴わない利用がみられる。野生種や家畜種 の,
>間に生殖隔離がなく、高地で同所的に分布し自然および人為的に,
>交雑する能力がある。
(川本 芳.2009.高地における家畜化と家畜利用 ―アンデスとヒマラヤの遺伝学研究. ヒマラヤ学誌 No.10, 103-114

 

このような行動学的な隔離の一部は非遺伝的なものかもしれませんね
同一属内の種間では標準遺伝距離D=0.16程度という経験則があるのですが,
根井(1990)は著書の中で
ガラパゴスフィンチGeospiza属6種間の遺伝的距離が
0.004~0.065と小さく,
また,鳥類で一般的に種間の遺伝的な距離が小さい傾向が
あることなどから,
鳥類においては外見と歌声による行動学的隔離によって
進化が速められていて,
あまり遺伝的変化を起こすことなく種分化が起こっている
という説を紹介しています
(詳細は以下の著書のp.207-211あたりを読んで下さい)

 

「生物学的種概念」を提唱したマイヤーも
「生殖隔離の有無は野外の自然個体群で確かめないと意味がない」
と考えていました
なぜなら,『交配前隔離』は人工的な飼育によって
しばしば破壊されてしまうからです
つまり,交配実験では「交配後隔離」の強弱しか
分からないので(前回も書いたように),
「自然状態で接触する機会のない異処性の個体群においては
 生殖隔離があるかどうかを確認する方法はない」ということです

 

さて,ここまでの点を踏まえて,ユッキーさんに質問です
以下の1~9の生物集団は同種なのでしょうか?
同種だとすればその根拠は?別種だとすればその根拠は?

1.『輪状種』を形成しているシロアシネズミの集団
2.北海道のエゾヒグマUrsus arctos yesoensis
  中国のウマグマU.a.pruinosusとヨーロッパヒグマU.a.arctos
  北米のヒグマ(ハイイログマU.a.horribilis)と
3.北米のヒグマ(ハイイログマU.a.horribilis)とホッキョクグマ
4.タイワンザルとニホンザル
5.アジアスイギュウBubalus bubalisの(River Type染色体数50)と
  (Swamp Type染色体数48)
6.バンテンBos javanicusとアジア家畜牛Bos indicus
  ヨーロッパ家畜牛Bos taurus
7.ロバとウマ
8.ヨーロッパイノシシとアジアイノシシと
  インドイノシシとニホンイノシシ
9.キイロショウジョウバエDrosophila melanogaster
  オナジショウジョウバエD.psimulans