種分化と進化の実体11
前回 ,「共通祖先を持つ最小の(排他的な)単系統のグループ」を
「系統学的種」と定義しました
今日では分子生物学的な研究によって生物集団の系統関係が,
客観的に分かるようになってきました
すると,これまで認識されていた「種」と
「系統学的種」が一致しないことが出てきました
例えば,下の分岐図で地域集団Aで生殖隔離に関与する突然変異が生じた場合,
AはB,C,Dとは交雑不可能になり生物学的種として別種になります
┏━━━━━━━━A
┃ ↑
┏┫ 生殖隔離
┃┗━━━━━━━━B
┏┫
┃┃
━┫┗━━━━━━━━━C
┃
┃
┗━━━━━━━━━━D
しかし,BがAと分岐したのはCやDよりも最近ですから,
遺伝的な近縁度でいえば,Bは交雑可能であるCやDよりもAに近縁となります
これが分岐学に対する批判として有名な「種が側系統になりうる」というものです
>種が側系統になりうること
>分類学の基本単位である「種」が側系統になる場合があるのに、
>側系統を認めない分岐分類学は矛盾を孕んでいるという批判がある[1]。
>この点に対する反論としては、種階級は特別とし、
>その単系統性は考慮しないとする考え方がある。
>
>1^ 動物分類学の論理―多様性を認識する方法 (Natural History)p.142
上の分岐図であれば「系統学的種」としては,
「AとBは同種,C,Dは別種」または「A,B,C,Dともに別種」
となりますが,
「生物学的種」としては「AとB,C,Dは別種」となります
(仮に集団Aで大きな形態的変異が生じた場合は,
「形態的種」としても「AとB,C,Dは別種」となりますね)
また,極端な例では,ビクトリア湖のシクリッドでは,
遺伝的な距離がほぼゼロのまま爆発的な種分化をしていますね
>ビクトリア湖の シクリッド(Haplochromis属)の場合は放散されてから
>1万2000年しか経っていないため,遺伝子上の同じ位置に,同じ種内でも
>個体によって 違う塩基配列がある「多型」という状態のままになっている
>(図1).シクリッドはゴンドワナ大陸起源の魚で世界中に存在するが,
>こうした特徴があるのはビ クトリア湖のものだけである.また他の2湖の
>ように十分長い生物史がある場所に住む種では,種の分化後に起きた変異
>の蓄積が進み,結果的に最初に種分化に 寄与した変異が何かが分かりにく
>くなる.ビクトリア湖のシクリッドはそうした蓄積が起きるほどの時間が
>経っておらずゲノムはほぼ同一だが,その一方で,ある種を他の種と区別
>する表現形を示す塩基配列の違いはあり,それを探し出しやすい.言い換
>えればビクトリア湖の生物を調べれば種の分化のきっかけになった 変異を
>特定しやすい.
>その当時の形態学的な研究に
>よれば、ビクトリア湖のシク
>リッドは起源が単一ではなく、
>湖周辺に生息している多様化
>したHaplochromineシクリッド
>が複数回移入して形成された
>多系統群であろうと考えるのが
>一般的であった。しかし、
>Meyerら(4)によって進めら
>れたミトコンドリア部分配列
>の分子系統解析の結果、形態
>的に極めて多様なビクトリア
>湖のシクリッドは単系統群
>(祖先種に由来する全ての種をメンバーとして含むグループ)
>を形成することが強く示唆され、つまりはその多様性が湖の成立
>後の極めて短期間に獲得されたものであるという驚くべき仮説
>が提唱された。
(二階堂雅人.第4章閉ざされた湖で起こった進化:アフリカンシクリッドの世界.遺伝子から解き明かす魚の不思議な世界.一色出版 (2019))
また,一般的に「系統学的種」は細分化されていく傾向があり,
最終的には「実質的遺伝子交流集団」と同じものになってしまうのですが,
細分化されすぎた「種」は実用上使いにくいものです
>このようにして,系統的により限定された生物群へと絞り込んで,
>いくのだが,ついにはそれ以上に絞り込めない集団に行き着く。
>系統学的種概念に従えば,その最終地点が種となる。ある意味で,
>この種概念は,リンネのもともとのシステムを進化という観点
>からアップデートしたものにほかならない。
> しかし,系統学的種概念の採用により,種の細分化が今後
>どんどん進んでしまうのではないかと警戒する意見もある。
>ロンドン大学インペリアルカレッジのメイス(Georgina Mace)
>は,「系統学的種概念の問題点は,どこまで分ければいいのかが,
>わからないという点にある」という。少なくとも原理的には,
>突然変異が1つでもあれば,それを共有する小さな動物群に対して
>種名を与える根拠となるだろう。「しかし,そこまで細かく分ける
>のは少々ばかげている」と彼女は言う。メイスは,ある個体群を
>新種として独立させるためには,それが,地理的分布や気候条件
>あるいは捕食者被食者の関係の点で生態的に異なっていることを
>示すべきだと言う。
(生物の種とは何か.C. ジンマー.進化が語る 現在・過去・未来 (別冊日経サイエンス185))
実際の進化現象としては,「種分化」と「集団の分岐」と
「個々の形質の獲得」はそれぞれ別の現象なんですが,
常に全てが同じ精度で観測できるわけではないので,
「種の定義」も場合によって使い分けるしかないというのが現実でしょう
例えば,化石種は基本的には形態種しか分からないので,
生物学的種の分化も系統関係も近似的にしか分かりません
地理的に隔離されてしまった2つの集団は,
たとえ形質に差がなくても潜在的に繁殖可能であっても,
進化の単位としては独立していると見做されます
実際,「種の定義」は4つどころではなく,本当はもっとたくさんあって,
それぞれに一長一短があります
完全な定義はありませんが,
今,自分が使っている『種』がどの定義によるものかは,
自覚的である必要はありますね
>種の定義
> 種には、現在、22以上の定義が存在している (Mayden, 1997) 。
>もし、自然界には、集団レベルで、どの生物にもあて はまる基本的で
>重要な一つの単位(種)が存在するなら、研究が進むにつれて、どの
>研究者も納得するような定義に次第 に落ち着いていくはずである。
>しかし、実際には異なる種の 定義は次第に増加している、とマイデン
>は指摘している。つまり、集団レベルで、どの生物にもあてはまる
>基本的で重要 な一つの単位である種というものを定義することは
>不可能であり、生物の集団をどうとらえるかは、研究者によって、
>また、生物によって、様々であり、まさにその多様さが、進化に
>よって作られた結果であるといえる。
(河田(1990)『はじめての進化論』講談社)