本能はどこまで本能か―ヒトと動物の行動の起源

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本能はどこまで本能か―ヒトと動物の行動の起源

たまに,『人は言葉でしか考えられない』と言う人がいますが, そんなことはないんですよ

この本のp.261-に興味深い実験が紹介されています

まだ話せない幼児(生後27ヶ月)と話せる幼児(生後33ヶ月,生後39ヶ月)に 二日連続で独特のゲームを行わせた結果,二日目にはすべての幼児は正しい順序でひとりでゲームが出来ました

そして,その半年後ないし1年後に,ゲームに関連した写真を見分けさせる, ゲームの動作を再現させる, といった方法で幼児たちの非言語的な記憶を調べると,どの年齢の幼児も強い非言語記憶を持っていることが確認されました

しかし,言語記憶については,ゲームを経験した時点で話せた幼児(生後33ヶ月,生後39ヶ月)は 具体的な質問に答えることができましたが, 話せなかった幼児(生後27ヶ月)は (半年後, 1年後には話せるようになっていたにも関わらず,) 自分の非言語的記憶を言語に翻訳して説明することはできませんでした

Gabrielle Simcock & Harlene Hayne (2002) Breaking the Barrier? Children Fail to Translate Their Preverbal Memories Into Language. Psychological Science. 13 (3): 225-231.

 

『人は言葉でしか考えられない』わけではありません

言語能力などなくても「正しい順序でひとりでゲームができ」ますし, それを半年後,1年後まで記憶することもできます

しかし,ヒトが言語的に記憶するためには,記憶する時点で言語能力が必要だというだけのことです


この本のメインテーマはタイトル通り,
一般的に「本能」だと思われている行動がどこまで「本能」かということです
「本能」という語自体,専門家の間ではあまり使われなくなっているようですが,
一般的には「生まれつき持っている(学習しなくてもできる)行動」みたいな使われ方をすることが,多いですね

例えば,p.170-175で紹介されているのですが, 「咽が乾いたから水を飲む」という「本能的」に見える「飲水行動」でさえ, 「学習」なしには獲得されないようです

実験的に,離乳後,流動食で育てられて「固形物の脱水効果」を経験しなかったラットは, 食塩水を注射されて脱水状態になっても飲水を増やすことができなかったそうです

 

「高いところを怖がる」というような本能的な行動についても,
p.255-にあるように,ヒトの新生児はハイハイの経験をかなりした後(生後七ヶ月)でないと, 「視覚的断崖(溝にガラスの床を渡した装置)」を避けることがなく, また,「怖がって這っておりるのさえ嫌がった急な斜面」を 歩き始めの幼児は平気で降りようとしたそうです

ヒト新生児の危機回避能力は非常に低く,経験によって学習されるもののようです

安全に「直立二足歩行」するためには「経験」による学習は必要なのでしょう

他にも例えば,鳥のさえずりについても,
その基盤となる『生得的な鋳型』は完璧なものではなく,さえずりに必要な音要素は学習によって取り入れられます

したがって方言の一部は「遺伝的なもの」ではなく,「文化的なもの」であると予想できます

実際,p.185-194では, コウウチョウの方言(サウスダコダ州とインディアナ州南部の違いなど)が 社会的交流を媒介にして何世代にも渡って伝えられる例が紹介されています

コウウチョウは託卵鳥でウタスズメやアメリカムシクイの巣で育ちますが, 巣立ち後,幼鳥と成鳥の入り交じった群れの中で 雄の成鳥との社会的交流を通じてさえずりを学習し,

(実験的にカナリアの雄といっしょにすると,カナリアのさえずりを学習し,カナリアに求愛するようになります)

どういうさえずりが交配を成功させられるのかという 地域的な雌の好みによって「方言」が完成しています

雌は,人工的に隔離飼育された(正常な交尾もできない)雄の異常なさえずりを好む傾向も示していますから,「雌の好み」だけがさえずりを決定しているわけではないのですが, 「方言」については雌の指南が必要なようです

このように,コウウチョウのさえずりを決定している「鋳型」は 雄の遺伝子の中にも雌の遺伝子の中にもなく, 雄と雌の間で社会的に構築されています