種分化と進化の実体2

(以下の記事は 進化論と創造論についての第1掲示板での[ユッキーさん]とのやりとりを加筆,修正したものです)

 

 

>>それでは,ユッキーさんの定義する『種』とは何でしょうか?
[ユッキーさん]繁殖可能で子孫を残せる同種。
        その場合のコナガは繁殖できるのでしょ、

 

まず,定義としては日本語がおかしいですよ
種の定義なのに,文末が「同『種』」になっていますからね
(ユッキーさんは「種」以外の「実体をもった生物集団」を示す語を
 知らないのかもしれません)
まあ,言いたいことはなんとなく分かります
要するに,生殖隔離を「種」を分ける基準にしたいということでしょう


生殖隔離を基準にした「種」の定義はかなり一般的なものです
マイヤーが1942年に提唱した『生物学的種概念』もその一つです
>種は実際にあるいは潜在的に相互交配する自然集団のグループであり、
>他の同様の集団から生殖的に隔離されている。(Mayr 1942[1999]:120) 

網谷 祐一(2002)E・ マイヤーの生物学的種概念.科学基礎論研究:29(2).23-28.
この定義を第1の定義としましょう

定義の中に「相互交配」という語があることからも分かるように,
この定義は有性生殖する生物にしか当てはまりません
(以下,特にことわりのない限り,私も有性生殖する生物について話します)
また,「『潜在的に』相互交配する」という表現から,
実際に相互交配していなくても,
交配可能であれば『同種』とみなすことが分かります


例えば,タイワンザル集団はニホンザル集団とは地理的に隔離されており,
『実際に』遺伝的な交流はありませんでした
しかし,人為的な移入後は各地で自然交雑するようになり,
しかも、雑種のオナガザルにも妊性があるので,
この定義では「同種」とみなされます

特定外来生物の解説:タイワンザルとニホンザルが交雑することにより生じた生物 [外来生物法]

ミケさんの挙げた『種分化』の事例もこの『生物学的種』における種分化です

トンデモネタに対する突っ込み用情報ソース備忘録 - 1138967290 - したらば掲示板

 

第2の定義として「形態的種概念」を挙げましょう
第2と言っても歴史的には第1番目よりも古いものです
もともと種の類別は形態的な観察から始まっており,
「形態の似ている生物集団」(=『形態的種』)に対して
固有の名前が与えられていました

 

現在でも形態的特徴を基準に,多くの新種が記載されています
「形態的種」は,
「我々の周囲にいる生物のほとんどに,
『(形態)変異の不連続性』がみられる」
という 「経験的事実」とも合致しており,
生物集団を直感的に理解する方法として,今でも有効です
(ユッキーさんの「コナガはコナガでしょ」
   の根拠となっているのも『変異の不連続性』です)

 

また,「化石種」はすべて「形態的種」によって分類されているので,
「『化石種』に見られる進化」とは「形態的種」の進化です
例えば,化石で見られるフズリナの進化は「形態的種」の進化です

千坂 武志(1986)日本産、紡錘虫の進化.千葉敬愛短期大学紀要敬愛大学 8.21-24.

 

タイワンザルとニホンザルは交雑するので,第1の定義では同種ですが,
『形態的種』としては分けることができますね
つまり,タイワンザルとニホンザルという「形態的種」が自然交雑し,
オナガザル」という新たな「形態的種」の集団が成立したと言えるでしょう


実際の生物集団としては,第1と第2の種の定義が,
ほぼ一致することも少なくないのですが,
例外も多いので,概念としては別物と考えた方が良いでしょう

 

例えば,Artemia属(いわゆる『ブラインシュリンプ』『シーモンキー』)の場合です
初期の分類学者は形態的特徴を基準に多くの種名を記載しました
その後,形態的種の基準となった形質の多くが無効であることが分かり,
おびただしい数の種名は(同物異名として)は放棄され,
ブラインシュリンプはすべてArtemia salina Linnaeus 1758と
呼ばれるようになりました
しかし,さらにその後,Artemia属の集団は,
(形態的には区別できないが)
生殖的に隔離された集団に分けられることが分かり,
今では,生殖的に隔離された個体群や個体群のクラスタに対して
異なる名前が与えられるようになっています
>4.1.2.3. Taxonomy
>The genus Artemia is a complex of sibling species and superspecies,
>defined by the criterion of reproductive isolation.
4.1. Introduction, biology and ecology of Artemia

 

このような形態的には区別できない「生物学的種」のことを
『同胞種(隠蔽種)』といいます
他にも,キイロショウジョウバエDrosophila melanogaster
オナジショウジョウバエD.psimulansも同胞種の例として有名です

 


同胞種の存在は「生物学的種」と「形態種」は一致しないことを示しています

 


[ユッキーさん]進化の手前、進歩と言われれば判るのですが・・・・・

 

ユッキーさんは
「親から親とは違った別種の子が生まれる『ことだけ』が進化だ」
と思いこんでいます
しかし,多くの人が指摘しているように,この認識は誤りです

 

もちろん,「生物学的種」や「形態的種」の分化は重要な進化現象です
進化の結果として,

1,生物集団の間に生殖隔離が生じる時「生物学的種」は形成され,
2.生物集団の形態が変化することによって「形態的種」は形成される
からです
(「生殖隔離」と「形態の変化」は必ずしも同時に起こるわけではないので,
 第1と第2の定義の種は一致しないことがあります)

 

しかし,『実体としての進化の単位となる集団』は,
「生物学的種」でも「形態的種」でもありません