種分化と進化の実体9

(元々は, 進化論と創造論についての第1掲示板での[ユッキーさん]とのやりとりをきっかけに書き始めたんですが,[ユッキーさん]が掲示板からいなくなってしまったので,一方的に書き綴っています)

 

それでは,生物分類学における『種』とはなんでしょう?

そもそも生物分類学
進化論が受け入れられる以前に成立していたので,
その前提には「進化」という概念はありませんでした
「種」は「類型学的」なものとして捉えられ,
個体の変異は無視されていました
例えば、進化論を提唱したダーウィンも「類型学的種概念」に従って
フジツボ類の分類学研究を行っていました
  
リンネは「類型学的種概念」に基づき
1個体の標本を基準(タイプ)とする
タイプシステム(基準法)によって『種』を定義しました
この「分類学的種」を「種」の第3の定義としましょう

 

現代においても「分類学的種」は
タイプシステムによって支えられていますが,
個体の変異を無視しているわけでも,
1個体に種を代表させているわけでもありません
現代においてタイプシステムは
あくまで、分類群(タクソン)の名称(種名等)を
決定するためのシステムだからです
 
>(1)類型学的種概念
> 類型学的種概念(typological species concept)とは
>「種は共通の形態プランに従う個体の集まりであり,
>それは本質的に静的なもので変化しない」というものである.
>これは「分類群のすべてのメンバーは,意味のあるような
>変異なしに,ひとつの形態プランに一致する」との
>類型学(typology)の考えに準拠する。
>古くはプラトンイデア(idea)にルーツをもつ
>この考えは、変異を重視しないというか無視しているわけで,
>「種とは神により創造された不変の客観的実在である」との,
>リンネに代表されるキリスト教的な思想のもとに確立した.
>個々の種内の個体は、形が少しずつ違っていて
>完全に瓜二つではないことは知られていたが、
>これらの変異は「神の創りたもうたものではなく,
>生き物が神の手を離れた後に生じた不完全な誤りである」
>とされた.ノアの箱船に乗ったのは各動植物種ひとつがい
>ずつである.全能の神の手を離れた瞬間から,生き物は
>不完全で悪しき現世に投げ出され,以後その不完全さの
>おかげで変異が現われてきたというのである.
>アダムとイブが楽園を追放されて俗世に下り,
>その子孫にありとあらゆる悪がはびこったように.

>(2)正基準標本と記載
> 「自然は神が創造したものである.したがって,
>  自然のありさまをさぐれば神の意志に近づくことができる」
>との思想のもとに有史後の西欧の学問は発展した.
>「変異は不完全な誤りであるがゆえ,種は神が創りたもうた
> 理想物すなわち種の中のもっとも完全な理想的な個体に
> 準拠すべきである」.
>こうして,神の意志をさぐるための分類学は種という
>個体集団の中から完全で典型的な個体を見つけだし,
>それを種を代表する基準(type タイプ,模式)に指定した.
>その後,その基準は唯一の個体に限られるようになり,
>正基準標本と呼ばれるようになった.
> 分類体系の単位となった種を表現する手段は言葉である.
>図とか写真もそれらが見る人に何かを物語るという
>意味において一種の言葉である.個々の種を言葉で表現する
>ことを「記載する」(describe),その結果の文章を「記載」
>(description)と呼ぶ.それを論文にしたものが
>記載論文である.
> 新しい種は,その種に属しているたくさんの個体のうちの
>ただひとつの個体を正基準標本に指定し,その形質を事細かに
>言葉で表すことによって記載される.しかし,あくまでそれは
>正基準標本を補うものとして位置づけられる.新種の学名は
>正基準標本に付属する.

>(中略)

>(4)基準法の意義
> 基準法の役割は,ある集合をその集合のうちに唯一の構成員で
>代表させ,認識し,確定することで,その集合の定義を明確にし,
>後の混乱を避けることにある.これは現在も採用されている.
>その理由のひとつは,一般参照体系の構築とその維持に最良の方法
>だからである.
> 例えば,正基準標本を指定しない記載論文を考えてみよう.
分類学者Aが100個体の標本に基づき,変異を含めた種の完全な
>記載を行って新種を創ったとしよう.分類の研究方法は年々進歩
>する.後になって分類学者Bがその100個体の標本を再査したところ,
>じつはそこには複数の種が含まれているらしいことがわかった.
>けっきょく,100個体もの標本に基づいて完璧を期したはずの
分類学者Aの仕事は無に帰し,分類学者Bはまた振り出しに戻って,
>100個体ひとつひとつについて分類学的研究を始めなければならない.
>さらに,分類学者Aが創った新種の名称は,分類学者Bが見つけ出す
>複数種のうちのどの種に帰属するべきか? このように,多くの
>標本に基づく新種の創設は分類学者を徒労に導き,種名の混乱を
>もたらし,一般参照体系の存続を危うくする.
>100個体の標本を調査したとしても,その中のたった一個体を
>正基準標本に指定しておけば,すなわち,ひとつの標本に基づく
>新種が創られるなら,以上のような混乱は未然に防げる.
> 生物学的種概念が類型学的種概念を駆逐し,変異に対する考えが
>まったく変わった今日においても基準法は継承されている.
>その理由は,こうした実用的見地以外にも存在する.そのひとつは,
>少なくとももっと本質的な理由である.それは自然に実在する生物
>の多様性と,その多様性を表現する分類体系とをわけて考えることが
>できればたやすく理解できる.
> タクサは実在の生物個体の集合である.したがって,タクサは
>変異をもち,その実体は一構成員で表現できるわけがない.
>基準法は,各階級上のタクサが変異をもたず,たったひとつの個体や
>個体集合で代表できると主張しているのではないのである.
>  「分類(分類体系)とは,生物間に存在すると考えられるある
>   原則関係に従って生物を配列するのに用いられる言葉の組
>   (a series of words)である」(Wiley, 1981)
>すなわち,分類体系は言葉で成り立っている.分類体系の構築の
>基本となる基準法もまた言葉の組で成り立っており,ある階級上
>のタクサをある名称で確定する際に,そのタクサの一構成員に
>その名称の全責任を負わせる言葉のシステムなのである.
>自然に実在する生物の多様性は,分類体系という言葉のシステムに
>われわれの頭の中で置き換えられる.実在の多様性のパタンと言葉
>による分類体系は,正基準標本を仲立ちとしてつながっている.
(p.17-20, 動物分類学の論理―多様性を認識する方法.馬渡 峻輔 (著) .東京大学出版会 (1994/03)

「そのタクサの一構成員にその名称の全責任を負わせる」というのは,
つまり,種名はあくまでタイプに対して付けられるということです
「名を担うタイプ」なので「担名タイプ」と呼ばれます
 
つまり,学名は「分類学的種」に直接つけられるのではなく,
命名規約に従って「担名タイプ」によって
「名義タクソン」に対して与えられ,
その学名を「分類学的種」の名前に流用しているということなんですよ

「新種の記載」というのは,
自然界の生物の集団がある境界でもって存在する
と認識することから始まり,
「その根拠となる事実に基づく境界条件を示して,
 生物集団に境界線を引いて集団を閉じ込めことができる」とする
仮説の提唱なんです

あくまで仮説なのでその境界線は分類学者によって異なる場合があります
例えば,リンネが記載したイノシシSus scrofaを,
ライデッカーがSus scrofa,Sus vittatus,Sus leucomystaxなどに細分し,
エラマンとモリソンスコットが再統合した例を,前回 紹介しましたが,
これらも分類学者による仮説の提唱の実例といえるでしょう

 

「担名タイプ」だの「名義タクソン」だの
耳慣れない言葉が多いかと思いますが,
分類学的種」を理解するためには必要な説明になんですよ
ここが理解できていないと,
分類学」がいまだに進化論以前の「類型学的種概念」に囚われているか
のような誤解をする可能性があるからです

 

現代においても「分類学的種」の記載には,タイプ標本の指定が必須です
身近に見られる「種」に実は有効な学名がなかったことが判明して,
新種として記載されることもあります

例えば,2017年にはサザエに学名がなかったことが判明して新種記載され,

驚愕の新種! その名は「サザエ」 〜 250年にわたる壮大な伝言ゲーム 〜 - 国立大学法人 岡山大学

さらに,2020年にはクサイロクマノコガイも新種として記載されましたね

【プレスリリース】またしても、新種と知らずに食べていた!-食用海産巻貝類「シッタカ」の一種、クサイロクマノコガイ- | 日本の研究.com