自然選択と遺伝的浮動1

(以下は,進化論と創造論についての第1掲示板での[神って誰さん]への説明を加筆,修正したものなんですが,[神って誰さん]は結局分からず終いでした)

 

[神って誰さん]《突然変異には予め定められた方向性がある》。
        これが結論。

 

その「予め定められた突然変異の方向性」
というのはどのようにして検出されるのですか?
突然変異自体に「予め定められた方向性」があるとするなら,
実際に固定する突然変異のほとんどが中立であるという
観察事実はどのように説明するのですか?


突然変異に方向性がないことを証明した実験としては
レーダバーグ(J. Lederberg)のレプリカ・プレート実験が有名ですね

(5) 突然変異はポーカーゲーム(週刊朝日百科_動物たちの地球, シリーズ : 分子生物学から見た進化)Hiroshi HORI ASAHI ENCYCLOPEDIA WEEKLY 12/1991;

 

この実験で示されたように,ストレプトマイシン耐性という突然変異は
ストレプトマイシンに暴露される前にすでに生じていました
ストレプトマイシンがない環境で中立な突然変異としてです

神って誰さんは,
「『正体不明の想像を絶する知性体』が
  この細菌が将来ストレプトマイシンに暴露されることを予測して,
  あらかじめストレプトマイシン耐性という突然変異を起こしておいた」
と考えるのでしょうか?

 

だとしたら,せっかくストレプトマイシン耐性の突然変異を起こしたのに,
ストレプトマイシンに暴露されることのなかったプレートに関しては,
『正体不明の想像を絶する知性体』は賭けに負けたことになりますよね

 

突然変異は「あらゆる方向へ同じように起こりうる」わけではありません
例えば,塩基置換の場合,
転移型(A⇔G,T⇔C)は転換型(A⇔T,A⇔C,T⇔G,C⇔G)よりも起こり易く,
特にC→Tの頻度が高いという計算結果が出ています
(3.2.1 塩基置換のパターン.「分子進化遺伝学(根井 正利 (著).培風館 (1990/02).p.25-26.)
しかし,「適応的な特定の方向性をもたずに起こる」,
という意味ではランダムなんですよ

これに対して、ダーウィニズムは変異と方向性の原因となるそれぞれ別の力をもつ二段階からなるプロセスである。ダーウィン主義者たちは第一段階である遺伝的変異を"ランダム"なものと考える。だが、このランダムという語は、あらゆる方向へ同じように起こりうるという数学的な意味で使われてはいないから、実はあまり適切な語ではない。それは単に変異が適応的な特定の方向性をもたずに起こるという意味で使われるにすぎない。たとえば、気温が低下したとき、ある個体が他のものより毛深ければそれだけ生存を続けやすいとしても、さらにいっそう毛深く なる遺伝的変異が高い頻度で起こりはじめるわけではない。次に、第二段階である淘汰は無方向性(unoriented) の変異に対して作用し、有利な変異体にそれだけ大きい繁殖上の成功を与えることによって、一つの個体群を変えていく。(p.112-113, パンダの親指〈上〉―進化論再考. スティーヴン・ジェイ グールド (著). 早川書房 (1996/08))

 

[神って誰さん]中立説と自然淘汰論が並立する、両立し得る、
        と言う考え方は間違っている。
        単に譲歩と妥協の産物に過ぎない。
        中立説と自然淘汰論を合体させた総合説自体が
        とんでもない欺瞞の産物だ。
        進化させるのは、中立的な突然変異か、
        自然に選択された突然変異かどちらなのか?
        ある時は前者、ある時は後者、というのが
        総合説だが、よく考えてごらん、。
        そのある時って何なの? それは偶然が支配しているのか?

 

「分子進化遺伝学のp.334-336に書いてあるように,
中立突然変異の集団内での置換率は,
配偶子あたり,世代あたりの中立突然変異率に等しくなり,
有利な突然変異の置換率は,
集団の有効な大きさ,選択に対する有利さ,突然変異率の積で決まり,
両者は同じ式から導かれるということですよ

 

[神って誰さん]はあ?
        
二つも全く関係のない変数の入っている式が同じだって?

 

一つの遺伝子座について突然変異率をv,集団の個体数をNとすると,
集団中に出現する新しい突然変異遺伝子の数は(2N)v個,
出現した1個の突然変異遺伝子が集団中に固定する確率をuとすると,
置換率kはk=2Nvu ─(1)で与えられますね

今,野生型遺伝子をA.突然変異型をA’として,
遺伝子型AA,AA',A'A'の適応度がそれぞれ1,1+s,1+2sだとすると,
(その突然変異遺伝子がヘテロ接合でs,ホモ接合で2sだけ,野生型対立遺伝子に対して自然選択で有利だとすると),
突然変異遺伝子の固定確率uは
u =[1-exp{-(2Nes)/N}]/[1-exp(-4Nes)] ─(2)で与えられます

もし,突然変異が中立であるなら
淘汰係数s(野生型対立遺伝子に対する有利さ)は0だと考えられるので,
uは(2)式のs→0の極限値となり,u =1/2N ─(3)
これは「新しい遺伝子が個体数Nの集団に出現した時の初期遺伝子頻度」p=1/2N とも等しくなりますね

ここで(3)を(1)に代入すると,
k=2Nv・(1/2N)=v ─(4)
となります

この式は中立な突然変異の遺伝子置換率kは,
1遺伝子座あたりの突然変異率vと等しくなるということを表しています

 

一方,突然変異が中立ではなく.自然選択に対して明らかに有利(Nes≫1)な場合,
sが1よりずっと小さい正の数だとすると,uはほぼ2sNe/Nとなります
ここで単純にN=Neとすると、u=2s ─(5) 

つまり,1%有利(s=0.01)なら究極的な固定確率は2%,
2%有利(s=0.02)なら究極的な固定確率は4%というように,
究極的な固定確率(u)は淘汰係数(s)の2倍になるということですね
これは有利な突然変異であっても1-2sの確率で集団中から消失することを
表してもいます
(1%有利でも98%は消失,2%有利でも96%は消失するわけですから)
ここでN=Neとして,(5)を(1)に代入すると,
k=2Nev・2s=4Nesv ─(6)
(k:置換率,Ne:集団の有効な大きさ,s:淘汰係数,v:突然変異率)

 

以上が,
「中立突然変異の集団内での置換率は,配偶子あたり,世代あたりの中立突然変異率に等しく」なっていること,
「有利な突然変異の置換率は,集団の有効な大きさ,選択に対する有利さ.突然変異率の積で決ま」ること,
「両者は同じ式から導かれる」ことの説明です

さて,神って誰さんはどの部分の説明が分からないのでしょうか?

 

[神って誰さん]Neとsの単位と具体的な算出方法は?


Neは,集団の有効な大きさ(有効集団サイズ)で単位は個体数ですね

先ほどは,個体数が十分に大きい場合を考えて,簡略化のため近似して,
N=Neで説明しましたが,実際にはNeはNよりも小さくなります

 

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集団遺伝学 (遺伝的浮動2) - どんな鳥も

 

s(淘汰係数)の定義は,すでに説明済みですよ
もう一度,読み直して下さいね

>今,野生型遺伝子をA.突然変異型をA’として,,
>遺伝子型AA,AA',A'A'の適応度がそれぞれ1,1+s,1+2sだとすると,
>(その突然変異遺伝子がヘテロ接合でs、ホモ接合で2sだけ,
>野生型対立遺伝子に対して自然選択で有利だとすると)

一応,補足しておくと,,
上記の「適応度」というのは「相対適応度」のことですから
「集団の平均産子数」を1とした時の相対値ですよ
>一方、遺伝的適応度は「ある形質をもたらす対立遺伝子
>(進化ゲーム理論のばあいは戦略)が集団中に広まる速度」
>と言うことができる。たとえば二組のペアがおり、
>一方が遺伝子Xの影響で生涯に6匹の子をもうけたとする。
>もう一方は対立遺伝子Yの影響によって生涯に4匹の子を
>もうけたとする。この群れの平均産子数は (4 + 6) / 2 = 5 であり、
>Xの適応度は 6 / 5 = 1.2となる。Yの適応度は 4 / 5 = 0.8 となる。
>この値を相対適応度と呼ぶ。
>集団遺伝学、数理,生態学などで通常用いられるのは遺伝的適応度であり、
>相対適応度である。遺伝的適応度は個体適応度と一致しない場合がある。
>集団全体の相対適応度は常に1であり、相対適応度が>1であればその遺伝子は、
>広まりも減りもしないが、1より小さければ集団内で次第に数を減らし、
>1より大きければ次第に数を増す。値が大きければ大きいほど急速に広まる。
>この例ではXが増してゆく。

適応度 - Wikipedia

 

 

[神って誰さん]雌雄同数であればN=Neだな。
        その場合置換率は単純に集団の個体数に比例することになるね?

 

雌雄同数でもN=Neではありません
NfとNmは繁殖する雄と雌なので,
「繁殖する雄と雌が同数」である場合はNf=Nm=Ne/2にはなりますが,
世代ごとに個体数が変動するのでNe=Nにはなりません
ミケさんの指摘どおり,先に引用した式には誤植があり,正しくは

i世代目の人口をNiとすると,
  1/Ne=1/t(1/N1+1/N2+……1/Nt

「分子進化遺伝学(根井 正利 (著).培風館 (1990/02)
※1世代目からt世代目までの,各世代のNを全て逆数にして(1/N1、1/N2……1/Nt),
 それを足してtで割ったものが1/Neの逆数になります

ピンゲラップ島のレンキエキ台風のような極端な人口減少を経験した集団
の有効集団サイズ(Ne)は小さくなります 

 

仮にNe=Nだったとしても,
『置換率が集団の個体数に比例する』かどうかは
突然変異の有利さによって変わりますよ

有利な突然変異の置換率はNeにも比例するのですが.
中立な突然変異の置換率はNeに関係なく
1遺伝子座あたりの突然変異率vと等しくなるという解説を既にしています

 

[神って誰さん]Neという単なるNumberの変数が
        置換率という比率に比例する理由は?
        ついでに置換率の定義もしてもらおうか。
          

そもそも『置換率』は『比率』ではありません
神って誰さんは「突然変異率」のことも
「確率」や「比率」だと勘違いしていましたよね
日本語の『率』が『変化の率rate(単位時間あたりの変化数量=速度)』
を表すことがあるというのが理解できないからでしょう

「置換率」の単位は「突然変異率」と同じ「単位時間あたりのDNAの変化数量」です
単位が同じだからこそ,「〜置換率は〜突然変異率と等しくなる」
という説明が成立するんですよ

 

とにかく,神って誰さんは,定義を理解する能力が低くて数学の知識もないので,
数式を出しても理解できないことが分かったので,
具体的にイメージできるように,実際に数値を入れて計算してみましょう

まずは,NとNeの関係について
1世代目が1200個体,2世代目が800個体,3世代目が1200個体,4世代目が800個体,……というように,
交互に増減を繰り返す集団を仮定します
1/Ne=1/t(1/N1+1/N2+……1/Nt)に数値を入れて,
12世代目までのNeを計算してみました(小数点以下は四捨五入)

t  Nt Ne
1    1200   1200
2 800   960
3 1200   1029
4 800   960
5 1200   1000
6 800   960
7 1200   988
8 800   960
9 1200   982
10 800   960
11 1200   978
12 800   960


グラフにすると 

12世代目の時点でN1,N2,……N12の算術平均は1000ですが,Neは960になります
Ntの平均をNとするなら,Ne/N=0.96になりますね

 

しかし.急激な集団減少を経験した場合はどうでしょうか?
個体数1200から100まで減少した後,700→1200と回復し,
その後,1000 →1200 →1000 → 1200 →1000 → 1200 → 1000 →1200,
と変動した集団を想定します
この場合もN1,N2,……N12の算術平均は先ほどの例と同じ1000になるのですが,
Neはどうなるでしょうか?

t  Nt Ne
1 1200 1200
2 100 185
3 700 245
4 1200 305
5 1000 355
6 1200 402
7 1000 439
8 1200 477
9 1200 511
10 1000 538
11 1200 566
12 1000 587

 


結果は以上のように,急激な集団減少によってNeも減少し,
その後,個体数が回復しても10世代ぐらいではNeはなかなか回復しません
これは「ボトルネック効果を表して」います
12世代目の時点でNtの平均は1000でNeは587ですから,
Ne/N=0.587ですね 集団中の個体数の変動が
Neにどの程度の影響を与えるか少しはイメージできたでしょうか? 

色のない島へ: 脳神経科医のミクロネシア探訪記

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色のない島へ: 脳神経科医のミクロネシア探訪記 (ハヤカワ文庫 NF 426)

 本書は二部構成になっていて,第一部が表題の「色のない島へ」の訪問記です


まず,H.Gウェルズの短編小説「盲人国」が引用されています
道に迷った旅人が盲人だけが暮らす村に迷い込みます
始めは村人たちのことを「かわいそうな障害者」だと蔑んでいた旅人ですが,
やがて,立場が逆転します
盲人国では目が見えることが障害だからです
村の娘と恋に落ち,結婚して村に残りたいと願った旅人は長老たちのいう通り,自分の両目を取り除きました
(「盲人国」,タイム・マシン 他九篇 H.G. ウエルズ (著), 橋本 槇矩 (翻訳)(岩波文庫)所収) 

マサチューセッツ州南東部の大西洋岸に浮かぶマーサズ・ヴィンヤード島の
北部の村では新生児の1/4以上が先天性の聾者でした
この村は耳の聞こえる人も聞こえない人もみんなが手話を使いこなす
「聾者の国」でした
みんなが手話で話した島.ノーラ・エレン グロース (著), 佐野 正信 (翻訳))

 

いわゆる「色覚異常」の中でも「赤緑色盲」は非常にありふれていて
(男性の20人に1人),
もはや「異常」とはいえない「数多い色覚多型の一つ」に過ぎません

しかし,色覚を完全に欠く「全色盲」は非常に珍しく,
3万から4万人に1人しか現れない色覚です

著者である脳神経医のオリヴァー・サックスは,
「全色盲」の患者には会ったことがありませんでしたが,
「全色盲」が遺伝性のものであることはもちろん知っていて,
この地球上のどこかに,聾者の国(マーサズ・ヴィンヤード島)のような,
色盲の島があるなら,ぜひ行ってみたいと熱望します

 

ユトランドフィヨルド沖の「フール島」
ミクロネシアの「ピンゲラップ島」
これが現実に存在した「色盲の島」でした
このうち「フール島」にはもう色盲の人はいない(他所に移住した)
と聞き,ピンゲラップ島行きを決めました

 

同行者は二人
1人目はクヌート,ノルウェー在住で自身も全色盲生理学者で,
オスロ大学で色覚の研究をしています
2人目は著者の同僚の眼科医ボブ,彼も赤緑色盲は数多く診てきた
(自分の息子も赤緑色盲だった)が,全色盲の人は見たことがありません)

3人はハワイで集合し,ハワイから
ジョンストン島(1950〜60年代はアメリカの核実験場,現在は神経ガスの貯蔵庫),
マーシャル諸島のマジェロ環礁,
クワジェリン環礁(アメリカのミサイル発射実験場),
ポーンペイ島(平たい環礁ではなく,火山島)と島を巡り,
ピンゲラップ島に向かいました

 

飛行機が半世紀前に日本軍によって敷かれた滑走路に降り立つと,
何人もの褐色の子供たちが周りの森から走り出て,
花やバナナの葉を振り回しながら,3人を取り囲みました
子供たちが眩しそうに目を細めたり,黒い布を使ったりするのを見て,
クヌートは子供たちが自分と同じ全色盲であることを悟ります

色盲者は錐体視細胞を欠いているため,色覚がないだけでなく,
視力そのものが通常の1/10程度しかなく,
明るい日光の下では眩しさで視力を失ってしまうのです

このように,一行の中に全色盲者(マスクン)のクヌートがいることが,
この本を面白くしています
クヌートの全色盲の立場からの解説によって,
マスクンの世界が鮮やかに浮かび上がってきます

 

通常,3万から4万人に1人しか現れない全色盲がピンゲラップ島では12人に1人
その原因は1775年頃にピンゲラップ島を襲ったレンキエキ台風にあります
この台風で島民の90%が犠牲となり,
タロイモ畑,ココヤシ,パンノキ,バナナが全滅したことによる飢餓も重なり,
1000人近くあった人口が20数人にまで減ってしまいました
この生き残りの中に,全色盲の遺伝子を持つ人がいたことが,
現在のピンゲラップ人の中の全色盲者に繋がっているとされています

 

ピンゲラップ島人は現在では2,700人
(ピンゲラップ島に700人,隣のポーンペイ島に2,000人)まで回復していますが,
レンキエキ台風による人口減少の効果は今も残っています
集団遺伝学では集団のサイズが小さいほど,
遺伝的浮動(偶然の作用)の影響が大きくなると言われていて,
極端な人口減少を経験した集団の有効集団サイズ(Ne)は小さくなります
i世代目の人口をNi
とすると,
  1/Ne=1/t(1/N1+1/N2+……1/Nt

「分子進化遺伝学(根井 正利 (著).培風館 (1990/02)
※1世代目からt世代目までの,各世代のNを全て逆数にして(1/N1、1/N2……1/Nt),
 それを足してtで割ったものが1/Neの逆数になります

 

この本の記述通り,1000人いたピンゲラップ人1775年頃に25人まで減少し,
その後,9世代(約200年)で2,700人まで増加したとします
各世代ごとの有効集団サイズ(Ne)を計算してみました

t  Nt Ne
1 1000 1000
2 25 49
3 40 45
4 100 53
5 366 64
6 1368 76
7 2470 88
8 2685 100
9 2699 112
10 2700

123

 



以上のように,急激な人口減少によってNeが減少すると,
その後,人口が増加してもNeはなかなか回復しません
(人口は2,700になっても,有効集団サイズ(Ne)は123しかにしかなりません)
結果的に元の集団とは異なる均一性の高い(遺伝的多様性の低い)集団ができます
これをボトルネック効果といいます


※上の計算では1世代目はN=Ne=1000でスタートしていますが,
 実際のヒトの集団では,元々NeはNよりもずっと小さいのが普通です

※人口の増加をS字曲線(ロジスティックモデル)で想定していますが,
 実際にはポーンペイ島のマンド地区への移住によって,
 段階的な人口増加があったと思われます
 また,分集団への移住がNeに与える影響も考慮していません

※実際のピンゲラップ人の生き残りでは近親交配が起こったと伝えられていますが,
 近親交配がNeに与える影響も考慮していません

上記の考慮できていない効果によって,実際のNeはもっと小さいと予想されます

 

ピンゲラップ島のマスクン達は強い光には弱いのですが,
わずかな明るさの違いにはとても敏感に反応できます
彼らの多くは自分たちの能力を生かして夜釣りの漁師をしています

暗くなるにつれ、クヌートや島の全色盲の人々は動き易くなるようだった。(中略) 彼らの多くは夜釣りの漁師として働いている。そして夜釣りにかけては全色盲の人たちは極めて優れていて、水の中の魚の動きや、魚が跳ねるときにひれに反射するわずかな月の光まで、たぶん誰よりもよく見えているようだった。 (中略)八時頃、月が昇った。満月に近く、その明るさで星の光が見えなくなってしまうほどだった。何十匹ものトビウオが海面からいっせいに飛び上がり、また音をたてて海に飛び込む。夜の太平洋は夜光虫でいっぱいだ。夜光虫は蛍のように生物発光を行う原生動物である。海中の燐光は水がかき回されたときに最も見えやすいのだが、それに最初気づいたのはクヌートだった。トビウオが水から飛び出すと、あとに光の線が続いて輝く航跡が見え、飛び込むときにもまた水が輝く。(p.88-90,色のない島へ: 脳神経科医のミクロネシア探訪記

男性が夜釣りの漁師をするのに対して,
繊細な感覚を生かして,ヤシの葉の繊維を使った伝統的なマットを織る仕事をする
女性も紹介されています
とにかく,12人に1人がマスクンの社会ではそれはありふれた存在であり,
それぞれが自分の能力を生かして働いています

 

もちろん,良いことばかりではありません
この本に登場する通訳のジェイムズや牧師のエンティスのような教養人は
例外的な存在で,ほとんどのマスクンは文盲です
学校で先生が黒板に書く文字が読めないからです

マスクンがありふれた社会であるにも関わらず,
現地の医療関係者には色盲に関する医学的な知識がありません
医療の絶対数が足りていない状況で
感染症等の緊急性の高い医療で手一杯で,
色盲のような先天的で進行しない遺伝病に割ける時間的な余裕がないからです

また,マスクンに対する偏見もあります
我が子がマスクンである母親が正しい知識を持たないまま
自分を責めるケースもあります

ここでもクヌートは自分の知識と経験を伝えます

五歳と一歳六ヶ月の二人の娘を連れた母親だった。彼女は娘たちが完全な盲目になってしまうのではないかと恐れていた。そして、その責任は自分にあるのではないか、自分が妊娠中に気づかないままにした何かのせいで娘たちはこうなってしまったのではないか、と悩んでいたのだった。クヌートは彼女に遺伝の仕組をていねいに教えた。娘たちが失明することはないし、彼女は妻、母親として何一つ間違ったことはしていないのだ、と。(中略)正しい眼鏡をつけて正しく目を保護することにより、そして何より正しい知識があれば、娘たちは他の子どもとまったく同じ生活を送れるのだ,とも説明した(p.104,色のない島へ: 脳神経科医のミクロネシア探訪記

 

しかし,それでも,マスクンが特別視されずに当たり前の生活を営んでいて,外の世界のような孤立の苦しみを味わっていない,この島は「全色盲の島」だとクヌートは述べています

ピンゲラップの住民は全色盲かそうでないかを問わず誰もがマスクンのことを知っていて、マスクンが生活していく上で耐えなければならないのは色が分からないことだけでなく、眩しい光であり、細かいものが見えないことだとも知っている。ピンゲラップの赤ん坊が激しくまたたきしたり光から目を背けたりしたときには、周りの人には医学的なことは分からなくても、少なくともその赤ん坊がなぜそうするかについての知識がある。そして赤ん坊が必要とするものやその子の持つ能力についての知識もあり、その症状を説明する神話までが用意されているのだ。そうした意味で、ピンゲラップ島は全色盲の島である。この島で生まれたマスクンの人は、自分が完全に社会から孤立していたり無理解にあっていると感じることはないだろう。ところが、島の外の世界では、先天的な全色盲の人はみなそうした苦しみを味わっているのだ。(p.134,色のない島へ: 脳神経科医のミクロネシア探訪記

 

著者のオリヴァーは,全色盲者がこのような孤独に陥る必要があるのだろうか?
と問いかけ,全色盲者が知識,経験,感性を共有できるコミュニティは作れないのかと考えます

そして,文通相手のフランシスが全色盲者のネットワークを設立したことを知り,
このインターネット上のコミュニティが新しい「全色盲の島」に違いない,
と第一部を結んでいます

(フランシスはこの本が書かれた10年後,2006年に亡くなっています)www.achromatopsia.info

 

 

 第二部は「ソテツの島へ」

訪問先はグアム島とロタ島

グアム島でリティコ-ボディングと呼ばれる奇病を研究するジョンから
オリヴァーの元に電話がかかってきます

 

リティコ-ボディングには2つの側面があり,
ある時にはリティコ,筋萎縮性側索硬化症に似た進行性の神経麻痺, 
ある時にはボディング,パーキンソン病に似た症状で痴呆を伴うこともあります
その原因はグアムのチャモロ人が常食する
ソテツの毒素が体内に蓄積するからだという説がありました

 

脳炎後遺症の患者を多数診察した神経内科医である,オリヴァーの目で
リティコ-ボディングの患者を診て意見を聞かせて欲しいという依頼です
診察室に3種類のソテツの鉢植えを置くオリヴァーはソテツ説にも心挽かれます
電話口のジョンは畳み掛けます
「何の仕事をするにしても,二人で島をぐるっと回ってソテツと患者の両方を見ようじゃないか。君は神経学に造詣に深いソテツ学者だと名乗ってもいいし,ソテツ学に造詣の深い神経学者だと名乗ってもいいよ。どちらにしてもグアムは最高だよ。」(p.142,色のない島へ: 脳神経科医のミクロネシア探訪記

 

オリヴァーはグアム島に降り立ち,原始的なナンヨウソテツの林を眺めながら,
ジョンが住むウマタックの町に向かいます

リティコ-ボディングのことをチャモロ人は
「チェットナット・フマタック」(ウマタックの病気)と言うことがあります
ウマタックがこの病気のホットスポットだからです
ジョンは「すべての謎を解く鍵はここに埋もれているのだ」と熱く語ります

 

グアムのチャモロ人の成人の約1割がこの病気で死亡している一方,
1952年以降に生まれた若い世代は誰1人この病気に罹っていません
ジョンは「1940〜50年代にかけてこの病気の原因は消滅した」と推察しています

古くからファダン(ソテツのデンプン)は広く食用にされていましたが,
特に日本占領中は他の作物は接収されたりしたため,さらに重要な作物になりました
戦後,小麦粉やトウモロコシ粉が輸入されるようになって,
ファダンの消費は激減しました
このファダンの消費量とリティコ-ボディングの発症の相関は,
ソテツ原因説を示唆しているように思われます

しかし,ソテツは世界中で食用とされているのに,
グアム島のような慢性的な病気は知られていません
また,ソテツの摂取とこの病気の発症との間に何十年ものタイムラグがあることも,
毒素による神経疾患の常識とは乖離しています

 

第二の説は「遺伝病」説です
グアムのチャモロ人には(ピンゲラップ人と同様に)人口が激減した歴史があります
ただし,その原因は自然災害ではなく,スペイン人の宣教師です
宣教師は強制的に洗礼を行い,反抗者が出た村は罰として虐殺しました
宣教師が持ち込んだ伝染病(天然痘,はしか,肺結核ハンセン病
に対する免疫も彼らは持っていませんでした
強制的なキリスト教化に絶望して自殺する者や我が子を殺す者が相次ぎ,
その結果,40年間で島の人口の99%が消滅し,
1710年にはチャモロ人の男性は一人もいなくなり,
1000人ほどの女性と子どもだけが残されました

1900年には発病率の高い「遺伝的な神経疾患」の最初の報告が,
当時の宗主国であるアメリカ合衆国によってなされています

遺伝病だとすると,発生原因が消滅したように見える事実が説明できません
しかし,ジョンは発症者の家系図を分析した結果から,
リティコとボディングは家系ごとに異なるパターン病状をとることを確かめ,
この病気に何らかの遺伝的疾病素因があることを確信しています

 

第三の説は「鉱物(ミネラル)」説です
西ニューギニアと日本の紀伊半島
リティコ-ボディングに似た風土病が発見されました
これらの地域でソテツは食用とされていませんでしたが,
飲料水中のカルシウム,マグネシウムの濃度が低く,
アルミニウムの濃度が高いことが見出され,
リティコ-ボディングの原因がミネラルの欠乏や過剰摂取にある
という説が注目されます
ところがその後,ウマタックの水源の泉の
カルシウム,マグネシウム,アルミニウムの濃度は適正値だという結果が出ました

 

第四の説は「スローウィルス」説です
ニューギニア高地人に多発した神経難病クールーの原因(プリオン)を
究明してノーベル賞を受賞したガイデュシェックが提唱している説ですが,
現時点では病原体は明らかになっていません

 

ジョンは研究室の顕微鏡で神経細胞のスライド標本をオリヴァーに見せました
「リティコ-ボディング,脳炎後遺症,進行性核上麻痺は
 病理組織学的には同じものだ」
というジョンの主張どおり,オリヴァーにはこれらの区別はできません

 

交通事故で亡くなった200人のチャモロ人を解剖した結果,
1940年以前に生まれた人の70%には神経系に病理的な変化が見られましたが,
1952年以降に生まれた人にはまったく見られなくなっていました
これらの結果は,
リティコ-ボディングはある時期までチャモロ人にはありふれたものでしたが,
臨床的に明らかな神経症状を示す人はその一部に限られること,
(原因は不明ですが)その発症リスクは近年では低くなっていること
を示唆していますね

 

ジョンとオリヴァーがアガニャの日本料理店で食事中,突如停電します
ジョンは停電の原因が変電所に入り込んだ「木登り蛇Boiga irregularis」だと伝え,
グアム島の鳥類を絶滅させたのもこの蛇の仕業だと言います
ジョンの言う通り,グアム島では鳥の鳴き声はまったく聞こえません
第二次大戦末期に海軍の船で運ばれた蛇によってグアムの生態系は激変していたのです

 

ロタ島は,グアム島よりも小さく,近代化が遅れていたおかげで,
(16世紀のグアム島のような)手つかずの自然が残っています
オリヴァーは子どもの頃から憧れた原始の森を見たいと思い,ロタ島に向かいます
ここでオリヴァーは,女呪い師ベアータと,その息子で通訳のトミーとともに,
ソテツの森に入り,植物についての伝統的な知識を聞きながら,
原始の森に思いを馳せます,
ここでのオリヴァーは神経学者ではなく,完全にソテツ学者ですね

 

 

 

「フィンチの嘴」「なぜ・どうして種の数は増えるのか: ガラパゴスのダーウィンフィンチ」

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 •フィンチの嘴
 ―ガラパゴスで起きている種の変貌 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

なぜ・どうして種の数は増えるのか:
 ガラパゴスのダーウィンフィンチ(共立出版)
 

 この2冊はセットで同時に読むことをオススメします

1冊目(以下『』)はガラパゴス諸島で20年間,
ダーウィンフィンチの進化を調査したグラント夫妻の
研究を紹介したノンフィクション(1994年)
ピュリッツァー賞を受賞した名著で教科書には載らない研究の息づかいが聞こえます

2冊目(以下『なぜ 』)はそのグラント夫妻が自分たちの研究を
まとめた進化生物学の教科書(2008年)で
豊富な写真やデータ,その後の研究の発展を知ることができます 

 

例えば,1977年の旱魃がダフネ島のダーウィンフィンチに与えた影響について

調査を始めて四年目の一九七六年は、格別雨が多く、植物が繁茂した。(中略)雨量は合計で一三七ミリにも達し、ダーウィンフィンチ類には良い年だった。五年目の一九七七年もいつものように一月の第一週に雨が降り始め、ダフネ島全体が若葉と花に覆われ、フィンチたちが気軽に食べられる青虫が若葉の上をはいまわっていた。(中略)この年の一月は,下旬になっても雨が降らないので、ほとんど花が咲かず、虫が姿を表さなかった。(中略)ダフネ島全域で、葉はしおれ、花はしぼんだ。(中略)乾期になると、いつもフィンチは最も食べやすい種子を探しまわるが、今、ボールの底に残っているピスタチオは,最後の最後の硬い粒ばかりであった。(中略)フィンチたちは大きくて硬いパロサントやサボテンの種子、そしてついには、生存競争の象徴である、刃に守られたようなハマビシの実に挑戦しなければならなくなった。(中略)一九七七年の始めにダフネ島のガラパゴスフィンチは一二〇〇羽いたが,年の終わりには一八〇羽になっていた。八五パーセントの減少である。(中略)ガラパゴスフィンチは,体が大きくくちばしも太い個体でないとハマビシのような硬い種子を食べられないことがわかっていた。(中略)旱ばつの前に測定したくちばしの長さと太さの平均はそれぞれ一〇・六七ミリと九・四二ミリだったのに対し、旱ばつ後のそれは一一・〇七ミリと九・九六ミリであった」(p.125-136,『』)

これは野外で観察された自然選択の実証例なんですが,
なぜ 』の方には,
「口絵15「大ダフネ島に自生する種子の小さい植物」,
「口絵16「ガラパゴスフィンチの採餌」,
「口絵17「大ダフネ島の植生に対する旱ばつの影響」,
「口絵18「オオバナハマビシTribulus cistoides」,
の写真があり,p.59には
「大ダフネ島のガラパゴスフィンチ集団における,嘴の高さの進化的変化」
として,1976親世代とその旱魃後の生き残り個体,1978年子世代の
嘴の高さ(太さ)ごとのヒストグラムが載っています
口絵の写真は『』で説明された事例の理解を助けますし,
ヒストグラムを見れば,旱魃の影響で嘴の高い(太い)個体が多く生き残り,
その子世代の嘴が高くなっていることが一目瞭然に分かります
しかも,これらの野外データは,母集団から一部を取り出したものではなく,
(驚異的なことに)全数なんですね
ある年のある月の島の個体数が一二五〇羽と記してあれば、それは推定数ではない。羊飼いが囲いの中の羊を数えるように、一羽一羽数えた正確な数字なのである。」(p.146,『』)

 

上記のように,この淘汰圧は親世代の85%を死滅させるという凄まじいもので,
(比べるべくもありませんが)種分化と進化の実体4 で紹介した
「栄養状態の改善による第2次大戦後の日本人の体位の向上」
なんかとはわけが違います
(研究対象の鳥が次々に死滅していった当時の絶望感も率直に語られています)
あとになって書いた書いた論文から見ると,進化が起こっているのを目のあたりにして感動を覚えたのではないかと思うかもしれないが,その時は調査している鳥が次々に死んでいくのを見て絶望的になったよ」(p.133,『』)

 

もちろん,嘴の形態の変化に対して,遺伝的な影響が少なければ,
自然選択の実証とは言えません

数年分のフィンチのデータを調べ、両親と子供たちの体の大きさを比較した。その結果,親と子の間には強い相関があり,高い遺伝率が認められた。また、くちばしの形や大きさを比較してみると、これにも高い遺伝率が認められた」(p.119,『』),
なぜ 』のp.58には
大ダフネ島のガラパゴスフィンチに見られる,親子間の嘴の高さの関係性
として,両親の平均を横軸,子を縦軸とした散布図と回帰直線が示されていて,
回帰直線の傾き(0.74)が遺伝率の推定値として挙げられています


「回帰直線の傾き」を「遺伝率の推定値」とするのは少し説明が必要かも知れません

「遺伝率」とは
「集団内の個体の表現型値のばらつきの程度が
 遺伝(遺伝子型値)によってどの程度決まるのかを示す尺度」 です
ある集団において 遺伝要因がもたらす形質の分散を形質全体の分散で割れば
「遺伝率」(広義)を求めることができます
>今、多因子遺伝形質が上記のような正規分布を仮定できるとき、
>かつ、遺伝要因と環境要因とが 相互に独立であるとき、
>その形質の正規分布は、遺伝要因による正規分布と環境要因
>による正規分布との単純な和とできる(正規分布の性質による)
正規分布は平均と分散との2変数によって決められる分布であり、
>遺伝要因の分散と環境要因との分散も推定可能で、これらの
>分散の値を用いて、遺伝率(heritability)を算出する  

遺伝率(heritability) - ryamadaの遺伝学・遺伝統計学メモ

 

さらに「遺伝要因がもたらす」分散(VG)には 相加的効果(Va)と
非相加的効果(優性:Vd,エピスタシス:Vep)があるので,

VP =VG+ VE = Va + Vd + Vep +VE

この相加的遺伝分散(Va)の表現型分散(VP)に対する割合を狭義の遺伝率と呼びます

狭義の遺伝率は, h2 = Va /VP

単に「遺伝率」といった場合は一般的には狭義の遺伝率を指します

 

理論的には上記の通り定義できるのですが,
実際には集団の形質の分散全体のうち,
どの部分が「遺伝要因がもたらすもの」か,
あるいはさらに「相加的効果によるものか」なんて分かりません

そこで様々な推定法が試みられているのですが,
その一つが「親子回帰による遺伝率の推定」です

例えば. 子供と両親の平均値の共分散の1/2を「相加的遺伝分散」に
近似しているとみなし, それぞれの標準偏差の積の1/2で割ったもの,
すなわち「子供と両親の平均値の相関係数」を「遺伝率の推定値」とする方法です
要は,環境効果をランダムだとして,
量的形質の遺伝率を両親の形質と子の形質の回帰直線の傾きから推定するということなんですよ

>親子回帰による遺伝率の推定
> 両親の間に血縁関係がなく、親と子供の間に共通環境の効果がなければ、
>子供の形質値の片親の形質値に対する回帰係数は遺伝率の推定値となる。
> この推定法では、親と子供の間に共通環境の効果があれば遺伝率は過大に
>推定される。
量的形質の遺伝学(佐賀大学農学部応用生物科学科 動物遺伝育種学 講義テキスト)

(実際に嘴の形態を決定している遺伝子については『なぜ 』のp.63-68で
 詳しく説明されているのですが

とにかく,ダーウィンフィンチの嘴の形態の遺伝率は非常に高く維持されていて
これにはサボテンフィンチとの交雑による遺伝子流入が寄与している
ことが示唆されています(p.116『なぜ 』)
交雑については
「各種の個体群はそれぞれ独立した状態を維持するものだ。もちろん交雑もあるにはあるが、めったに起こらない。なにせ雑種は適応度が低いからね、続かないんだ。しかしそのめったにないことが起こることもある」。ひどい旱ばつとか、伝染病とか一〇〇年に一度の洪水などが島を襲い、適応の山の構造をすっかり変えてしまう。すると谷だったところに落ちていたと思った鳥たちが、新しい山の頂上に登ってしまうこともある。(p.323-324,『』)
とあり,『なぜ 』のp.142-145には「適応地形」(適応の山や谷)が
立体的に示されていますね

 

さて,1977年の旱魃の後,ダフネ島はどうなったのか?  

1979年にダフネ島に上陸し、グラント夫妻の調査を引き継いだトレバーは  
本格的な雨期がくれば、何か新しいことがわかるにちがいないと思った。長い旱ばつの間に生じた進化の方向性をひっくり返すような出来事が見られるはずだ。(中略)しかし、彼は旱ばつが続くたびに、『一度でも大雨が降れば、一生ものの発見ができるのになあ』とくやしがった。」(p.167,『) 
結局,トレバーの任期中は大雨は降らずじまいでした 

 

1982年末からは(今世紀最大の)エルニーニョによって大雨が降り続け,
後任のライルが調査することになります
その結果については『のp.170〜を読んで下さい
(さらに30年間のフィンチの嘴の形態変化については
 『なぜ 』のp.61のグラフで示されています) 
トレバーはそうとう悔しい思いをしたでしょうが,
お天気まかせの野外調査ではこういうこともありますよね

 

(以下は,上の本とは全然関係ない個人的な思い出話)
大雨で思い出したのですが〜,
今から約30年前,私は高知大の学生で水田にいるカブトエビの調査をしていました

水田の泥中に産みつけられたカブトエビの卵はそのまま休眠し、
翌年の注水,代掻きによって,水面まで浮かび上がって(日光を浴びて)孵化します

1994年4月12日,高知市では139.5mmの大雨が降ったのですが,
その直前に代掻きした水田ではその年だけカブトエビの発生がなく,
その後に代掻きした水田では例年通りの発生が見られたことから,
大雨による田面水の溢水で卵が流失したせいで発生がなかったのではないか
という仮説を立てて確認する実験を行いました
思えば,これが私が最初に書いた学術論文になりました

www.jstage.jst.go.jp

 

 

 

  

 

種分化と進化の実体11

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前回 ,「共通祖先を持つ最小の(排他的な)単系統のグループ」を
「系統学的種」と定義しました

今日では分子生物学的な研究によって生物集団の系統関係が,
客観的に分かるようになってきました

すると,これまで認識されていた「種」と
「系統学的種」が一致しないことが出てきました

 

例えば,下の分岐図で地域集団Aで生殖隔離に関与する突然変異が生じた場合,
AはB,C,Dとは交雑不可能になり生物学的種として別種になります
   ┏━━━━━━━━A
   ┃  ↑                
  ┏┫ 生殖隔離
  ┃┗━━━━━━━━B
 ┏┫
 ┃┃
━┫┗━━━━━━━━━C
 ┃
 ┃
 ┗━━━━━━━━━━D
しかし,BがAと分岐したのはCやDよりも最近ですから,
遺伝的な近縁度でいえば,Bは交雑可能であるCやDよりもAに近縁となります
これが分岐学に対する批判として有名な「種が側系統になりうる」というものです
>種が側系統になりうること
分類学の基本単位である「種」が側系統になる場合があるのに、
側系統を認めない分岐分類学は矛盾を孕んでいるという批判がある[1]。
>この点に対する反論としては、種階級は特別とし、
>その単系統性は考慮しないとする考え方がある。

>1^ 動物分類学の論理―多様性を認識する方法 (Natural History)p.142

分岐学 - Wikipedia

上の分岐図であれば「系統学的種」としては,
「AとBは同種,C,Dは別種」または「A,B,C,Dともに別種」
となりますが,
「生物学的種」としては「AとB,C,Dは別種」となります
(仮に集団Aで大きな形態的変異が生じた場合は,
「形態的種」としても「AとB,C,Dは別種」となりますね)

 

また,極端な例では,ビクトリア湖のシクリッドでは,
遺伝的な距離がほぼゼロのまま爆発的な種分化をしていますね

>ビクトリア湖の シクリッド(Haplochromis属)の場合は放散されてから
>1万2000年しか経っていないため,遺伝子上の同じ位置に,同じ種内でも
>個体によって 違う塩基配列がある「多型」という状態のままになっている
>(図1).シクリッドはゴンドワナ大陸起源の魚で世界中に存在するが,
>こうした特徴があるのはビ クトリア湖のものだけである.また他の2湖の
>ように十分長い生物史がある場所に住む種では,種の分化後に起きた変異
>の蓄積が進み,結果的に最初に種分化に 寄与した変異が何かが分かりにく
>くなる.ビクトリア湖のシクリッドはそうした蓄積が起きるほどの時間が
>経っておらずゲノムはほぼ同一だが,その一方で,ある種を他の種と区別
>する表現形を示す塩基配列の違いはあり,それを探し出しやすい.言い換
>えればビクトリア湖の生物を調べれば種の分化のきっかけになった 変異を
>特定しやすい.

東京工業大学 | 最近の研究成果 | 研究成果詳細

f:id:shinok30:20210311120241j:plain>その当時の形態学的な研究に
>よれば、ビクトリア湖のシク
>リッドは起源が単一ではなく、
>湖周辺に生息している多様化
>したHaplochromineシクリッド
>が複数回移入して形成された
>多系統群であろうと考えるのが
>一般的であった。しかし、
>Meyerら(4)によって進めら
>れたミトコンドリア部分配列
>の分子系統解析の結果、形態
>的に極めて多様なビクトリア
>湖のシクリッドは単系統群

>(祖先種に由来する全ての種をメンバーとして含むグループ)
>を形成することが強く示唆され、つまりはその多様性が湖の成立
>後の極めて短期間に獲得されたものであるという驚くべき仮説
>が提唱された。

(二階堂雅人.第4章閉ざされた湖で起こった進化:アフリカンシクリッドの世界.遺伝子から解き明かす魚の不思議な世界.一色出版 (2019)

 

また,一般的に「系統学的種」は細分化されていく傾向があり,
最終的には「実質的遺伝子交流集団」と同じものになってしまうのですが,
細分化されすぎた「種」は実用上使いにくいものです

 

>このようにして,系統的により限定された生物群へと絞り込んで,
>いくのだが,ついにはそれ以上に絞り込めない集団に行き着く。
>系統学的種概念に従えば,その最終地点が種となる。ある意味で,
>この種概念は,リンネのもともとのシステムを進化という観点
>からアップデートしたものにほかならない。
>  しかし,系統学的種概念の採用により,種の細分化が今後
>どんどん進んでしまうのではないかと警戒する意見もある。
ロンドン大学インペリアルカレッジのメイス(Georgina Mace)
>は,「系統学的種概念の問題点は,どこまで分ければいいのかが,
>わからないという点にある」という。少なくとも原理的には,
>突然変異が1つでもあれば,それを共有する小さな動物群に対して
>種名を与える根拠となるだろう。「しかし,そこまで細かく分ける
>のは少々ばかげている」と彼女は言う。メイスは,ある個体群を
>新種として独立させるためには,それが,地理的分布や気候条件
>あるいは捕食者被食者の関係の点で生態的に異なっていることを
>示すべきだと言う。
(生物の種とは何か.C. ジンマー.進化が語る 現在・過去・未来 (別冊日経サイエンス185)

 

実際の進化現象としては,「種分化」と「集団の分岐」と
「個々の形質の獲得」はそれぞれ別の現象なんですが,
常に全てが同じ精度で観測できるわけではないので,
「種の定義」も場合によって使い分けるしかないというのが現実でしょう

 

例えば,化石種は基本的には形態種しか分からないので,
生物学的種の分化も系統関係も近似的にしか分かりません

地理的に隔離されてしまった2つの集団は,
たとえ形質に差がなくても潜在的に繁殖可能であっても,
進化の単位としては独立していると見做されます

 

実際,「種の定義」は4つどころではなく,本当はもっとたくさんあって,
それぞれに一長一短があります
完全な定義はありませんが,
今,自分が使っている『種』がどの定義によるものかは,
自覚的である必要はありますね

 

>種の定義
> 種には、現在、22以上の定義が存在している (Mayden, 1997) 。
>もし、自然界には、集団レベルで、どの生物にもあて はまる基本的で
>重要な一つの単位(種)が存在するなら、研究が進むにつれて、どの
>研究者も納得するような定義に次第 に落ち着いていくはずである。
>しかし、実際には異なる種の 定義は次第に増加している、とマイデン
>は指摘している。つまり、集団レベルで、どの生物にもあてはまる
>基本的で重要 な一つの単位である種というものを定義することは
>不可能であり、生物の集団をどうとらえるかは、研究者によって、
>また、生物によって、様々であり、まさにその多様さが、進化に
>よって作られた結果であるといえる。
(河田(1990)『はじめての進化論』講談社)

 

 

種分化と進化の実体10

 

 

進化の単位は『種』ではなく,「実質的遺伝子交流集団」であり,
この集団内の遺伝子頻度の変化が進化の実体です(種分化と進化の実体3 参照)
「生物学的種」や「形態的種」等は進化の結果に過ぎないのですが,
とにかく人間は(ヒト,オオカミ,ネコなどの)『種』という集団を,
認識することができます
共通する特徴を持った『種』は『属』を形成し,
共通する特徴を持った『属』は『科』を形成し,
共通する特徴を持った『科』は『目』を形成し,
共通する特徴を持った『目』は『綱』を形成し,
共通する特徴を持った『綱』は『門』を形成し,
共通する特徴を持った『門』は『界』を形成します
このような『入れ子構造』の分類を提唱し,
現在も使われている学名のシステムを作ったのが
カール・フォン・リンネです
(「門」と「科」は,後年付け加えられた分類階級ですが)

 

リンネ自身は全ての自然物は神の創造物であると考えて
自然物すべてを鉱物界・植物界・動物界の三界に分類しました
しかし,動物や植物と違って
鉱物の特徴は『入れ子構造』にはなっておらず,
リンネ自身も鉱物の分類体系には立ち入りませんでした
つまり,『入れ子構造』は生物が持つ性質だということです

それでは,なぜ生物はこのような『入れ子構造』で
分類することができるのでしょうか?

 

その答えの一つは,リンネが考えたように,
「神がそのように作ったから」というものです
しかし,この説明は科学的には問題があります
神は全知全能であり,どんなことでもできるので,
なんでも説明できてしまいます
したがって,「神が~した」という説明は,
「反証不能であり,仮説の検証のしようもありません
また,神のすることは我々の考えの及ぶところではないので,
我々は仮説を応用することもできません

 

もう一つの答えは,
「現在の生物は共通祖先から進化したから」というものです
「生物の類似度の違いは共通祖先から分かれた
 進化の歴史に対応している」という仮説です
この仮説は,事実によって反証することも可能です
仮定した「共通祖先」の存在を検証することも可能です
また,「共通祖先からの進化」という仮説は,
生物の多様性と共通性をかなりうまく説明できており,
医学,農学等の応用生物科学の分野でも非常に有用です

 

生物は『入れ子構造』で分類できるのに,
鉱物が『入れ子構造』になっていないのはなぜでしょう
「神がそのように作ったから」という仮説は検証の手段がありませんが,
「共通祖先からの進化」という説は常に検証され続けています

 

例えば,食肉目の分類に関しても,
クマ科と鰭脚亜目(アシカ類)が近縁だという分子生物学的な証拠から,
鰭脚亜目を列脚亜目と同レベルの分類単位とするのは不適切だという考えられています

ネコ目 - Wikipedia

また,哺乳綱全体の目以上の系統関係も,
分子生物学的な証拠によって再編されています
>遺伝子研究による分類では、現生の有胎盤類を、
>系統的に近いと思われるものごとに、
>「上目」レベルの4つの大グループ(クレード clade)にまとめている。

分子生物学による新たな分類に対応する形態学的形質が、
>実は古典的な研究でかなり見落とされていたり、
>重要でない形質として棄却されていたという事実が、
>解剖学的手段で確認されるといった研究展開も
>見られるようになった。そのため、古典的な過去の、
>学問とみなされがちであった解剖学が、新たに今日的な
>意味を持って再活性化してきているという現象も見られる。

哺乳類 - Wikipedia

 

また,「神がそのように作ったから」という仮説と違って,
我々は「共通祖先からの進化」という仮説を使って,
様々な予測をすることができます

例えば,医薬品の薬理や安全性の確認のためには,
マウス,ラット,モルモット,ウサギ,ミニブタ等の動物による試験が欠かせません

これは,
「哺乳に属するこれらの動物とヒトは共通祖先を持つため,体内生理も似ている」
という予測に基づいています

農薬の安全性の基準となるADI(体重1kg当たりの許容1日摂取量)も
マウス、ラット、ウサギ、イヌ等の動物を用いた
慢性毒性試験の結果をもとに算出されます

https://www.fsc.go.jp/emerg/adi.pdf

毎日食べる農作物に残留するものである点を配慮し,
農薬の安全性の基準は医薬品よりもはるかに厳しいものです
「害虫や雑草には効くが,
 ヒトやラット・マウス等に対する毒性は低い物質がある」
という推測の根拠となっているのは,
節足動物や植物とヒトの共通祖先は,
 ラット・マウスとヒトの共通祖先よりも古いので,
 その分だけ生理が異なっている」という予測です
もしも,「共通祖先からの進化」がないとしたら
医薬品や農薬の安全性試験は根拠を失うでしょう

 

生物が『入れ子構造』で分類できる理由が
進化の歴史を反映したものであるなら,
生物分類は生物集団の分岐の歴史(系統)の推定に従って,
行われるべきだと考えられます

『種』も「共通祖先を持つ最小の(排他的な)単系統のグループ」と
定義することができます(第4の定義)

このように定義される「種」を「系統学的種」と言います

 

 

種分化と進化の実体9

(元々は, 進化論と創造論についての第1掲示板での[ユッキーさん]とのやりとりをきっかけに書き始めたんですが,[ユッキーさん]が掲示板からいなくなってしまったので,一方的に書き綴っています)

 

それでは,生物分類学における『種』とはなんでしょう?

そもそも生物分類学
進化論が受け入れられる以前に成立していたので,
その前提には「進化」という概念はありませんでした
「種」は「類型学的」なものとして捉えられ,
個体の変異は無視されていました
例えば、進化論を提唱したダーウィンも「類型学的種概念」に従って
フジツボ類の分類学研究を行っていました
  
リンネは「類型学的種概念」に基づき
1個体の標本を基準(タイプ)とする
タイプシステム(基準法)によって『種』を定義しました
この「分類学的種」を「種」の第3の定義としましょう

 

現代においても「分類学的種」は
タイプシステムによって支えられていますが,
個体の変異を無視しているわけでも,
1個体に種を代表させているわけでもありません
現代においてタイプシステムは
あくまで、分類群(タクソン)の名称(種名等)を
決定するためのシステムだからです
 
>(1)類型学的種概念
> 類型学的種概念(typological species concept)とは
>「種は共通の形態プランに従う個体の集まりであり,
>それは本質的に静的なもので変化しない」というものである.
>これは「分類群のすべてのメンバーは,意味のあるような
>変異なしに,ひとつの形態プランに一致する」との
>類型学(typology)の考えに準拠する。
>古くはプラトンイデア(idea)にルーツをもつ
>この考えは、変異を重視しないというか無視しているわけで,
>「種とは神により創造された不変の客観的実在である」との,
>リンネに代表されるキリスト教的な思想のもとに確立した.
>個々の種内の個体は、形が少しずつ違っていて
>完全に瓜二つではないことは知られていたが、
>これらの変異は「神の創りたもうたものではなく,
>生き物が神の手を離れた後に生じた不完全な誤りである」
>とされた.ノアの箱船に乗ったのは各動植物種ひとつがい
>ずつである.全能の神の手を離れた瞬間から,生き物は
>不完全で悪しき現世に投げ出され,以後その不完全さの
>おかげで変異が現われてきたというのである.
>アダムとイブが楽園を追放されて俗世に下り,
>その子孫にありとあらゆる悪がはびこったように.

>(2)正基準標本と記載
> 「自然は神が創造したものである.したがって,
>  自然のありさまをさぐれば神の意志に近づくことができる」
>との思想のもとに有史後の西欧の学問は発展した.
>「変異は不完全な誤りであるがゆえ,種は神が創りたもうた
> 理想物すなわち種の中のもっとも完全な理想的な個体に
> 準拠すべきである」.
>こうして,神の意志をさぐるための分類学は種という
>個体集団の中から完全で典型的な個体を見つけだし,
>それを種を代表する基準(type タイプ,模式)に指定した.
>その後,その基準は唯一の個体に限られるようになり,
>正基準標本と呼ばれるようになった.
> 分類体系の単位となった種を表現する手段は言葉である.
>図とか写真もそれらが見る人に何かを物語るという
>意味において一種の言葉である.個々の種を言葉で表現する
>ことを「記載する」(describe),その結果の文章を「記載」
>(description)と呼ぶ.それを論文にしたものが
>記載論文である.
> 新しい種は,その種に属しているたくさんの個体のうちの
>ただひとつの個体を正基準標本に指定し,その形質を事細かに
>言葉で表すことによって記載される.しかし,あくまでそれは
>正基準標本を補うものとして位置づけられる.新種の学名は
>正基準標本に付属する.

>(中略)

>(4)基準法の意義
> 基準法の役割は,ある集合をその集合のうちに唯一の構成員で
>代表させ,認識し,確定することで,その集合の定義を明確にし,
>後の混乱を避けることにある.これは現在も採用されている.
>その理由のひとつは,一般参照体系の構築とその維持に最良の方法
>だからである.
> 例えば,正基準標本を指定しない記載論文を考えてみよう.
分類学者Aが100個体の標本に基づき,変異を含めた種の完全な
>記載を行って新種を創ったとしよう.分類の研究方法は年々進歩
>する.後になって分類学者Bがその100個体の標本を再査したところ,
>じつはそこには複数の種が含まれているらしいことがわかった.
>けっきょく,100個体もの標本に基づいて完璧を期したはずの
分類学者Aの仕事は無に帰し,分類学者Bはまた振り出しに戻って,
>100個体ひとつひとつについて分類学的研究を始めなければならない.
>さらに,分類学者Aが創った新種の名称は,分類学者Bが見つけ出す
>複数種のうちのどの種に帰属するべきか? このように,多くの
>標本に基づく新種の創設は分類学者を徒労に導き,種名の混乱を
>もたらし,一般参照体系の存続を危うくする.
>100個体の標本を調査したとしても,その中のたった一個体を
>正基準標本に指定しておけば,すなわち,ひとつの標本に基づく
>新種が創られるなら,以上のような混乱は未然に防げる.
> 生物学的種概念が類型学的種概念を駆逐し,変異に対する考えが
>まったく変わった今日においても基準法は継承されている.
>その理由は,こうした実用的見地以外にも存在する.そのひとつは,
>少なくとももっと本質的な理由である.それは自然に実在する生物
>の多様性と,その多様性を表現する分類体系とをわけて考えることが
>できればたやすく理解できる.
> タクサは実在の生物個体の集合である.したがって,タクサは
>変異をもち,その実体は一構成員で表現できるわけがない.
>基準法は,各階級上のタクサが変異をもたず,たったひとつの個体や
>個体集合で代表できると主張しているのではないのである.
>  「分類(分類体系)とは,生物間に存在すると考えられるある
>   原則関係に従って生物を配列するのに用いられる言葉の組
>   (a series of words)である」(Wiley, 1981)
>すなわち,分類体系は言葉で成り立っている.分類体系の構築の
>基本となる基準法もまた言葉の組で成り立っており,ある階級上
>のタクサをある名称で確定する際に,そのタクサの一構成員に
>その名称の全責任を負わせる言葉のシステムなのである.
>自然に実在する生物の多様性は,分類体系という言葉のシステムに
>われわれの頭の中で置き換えられる.実在の多様性のパタンと言葉
>による分類体系は,正基準標本を仲立ちとしてつながっている.
(p.17-20, 動物分類学の論理―多様性を認識する方法.馬渡 峻輔 (著) .東京大学出版会 (1994/03)

「そのタクサの一構成員にその名称の全責任を負わせる」というのは,
つまり,種名はあくまでタイプに対して付けられるということです
「名を担うタイプ」なので「担名タイプ」と呼ばれます
 
つまり,学名は「分類学的種」に直接つけられるのではなく,
命名規約に従って「担名タイプ」によって
「名義タクソン」に対して与えられ,
その学名を「分類学的種」の名前に流用しているということなんですよ

「新種の記載」というのは,
自然界の生物の集団がある境界でもって存在する
と認識することから始まり,
「その根拠となる事実に基づく境界条件を示して,
 生物集団に境界線を引いて集団を閉じ込めことができる」とする
仮説の提唱なんです

あくまで仮説なのでその境界線は分類学者によって異なる場合があります
例えば,リンネが記載したイノシシSus scrofaを,
ライデッカーがSus scrofa,Sus vittatus,Sus leucomystaxなどに細分し,
エラマンとモリソンスコットが再統合した例を,前回 紹介しましたが,
これらも分類学者による仮説の提唱の実例といえるでしょう

 

「担名タイプ」だの「名義タクソン」だの
耳慣れない言葉が多いかと思いますが,
分類学的種」を理解するためには必要な説明になんですよ
ここが理解できていないと,
分類学」がいまだに進化論以前の「類型学的種概念」に囚われているか
のような誤解をする可能性があるからです

 

現代においても「分類学的種」の記載には,タイプ標本の指定が必須です
身近に見られる「種」に実は有効な学名がなかったことが判明して,
新種として記載されることもあります

例えば,2017年にはサザエに学名がなかったことが判明して新種記載され,

驚愕の新種! その名は「サザエ」 〜 250年にわたる壮大な伝言ゲーム 〜 - 国立大学法人 岡山大学

さらに,2020年にはクサイロクマノコガイも新種として記載されましたね

【プレスリリース】またしても、新種と知らずに食べていた!-食用海産巻貝類「シッタカ」の一種、クサイロクマノコガイ- | 日本の研究.com

 

 

種分化と進化の実体8

(以下の記事は 進化論と創造論についての第1掲示板での[ユッキーさん]とのやりとりを加筆,修正したものです)

 

もうすでにたくさんの例が紹介されているんですよ

[ユッキーさん]今まで紹介して頂いた例は全部、覚えてますが、
        1年も経てば忘れるでしょう、
        つまり何も印象に残らない徴の薄い例という訳です、
        例えば最新のネズミ情報など
        巷の人がどれだけ理解できるでしょうか、
        それらのネズミが進化の証明になると言われても、
        「?」なんで?が普通でしょうね

 

ユッキーさんの印象に残らなかったり,理解できなかったりしても,
『ない』ことにはなりませんよ
全哺乳類の2/5以上が日本語では『ネズミ』です
「できれば,哺乳類で」とリクエストしておいて
「ネズミは進化の証明にならない」
なんて駄々をこねてる子供にしか見えません

 

>>「生殖隔離」だけを基準とすると,
>>シロアシネズミの集団は隣合う集団同士は「同種」ですが,
>>両端の集団同士は『別種』となってしまいますよ
[ユッキーさん]隔離なんて重要視した覚えはありせん、
        そのシロアシネズミは両端の集団と繁殖できるのでしょ、
        種の定義は繁殖可能で正常な子孫を残せる種の事だけ、

 

シロアシネズミの両端の集団同士は繁殖できないのですよ
(輪状種の説明のところでと書きました)

 

それから,「生殖隔離」の意味を誤解していませんか?
「生殖隔離」がないからこそ
「繁殖可能で正常な子孫を残せる」のですよ

「種の定義は繁殖可能で正常な子孫を残せる種の事だけ」
というのと
「「生殖隔離」だけを基準とする」のは同じことなんですよ
以下の『隔離の問題ではありません』の意味が,私には理解できません

 

[ユッキーさん]早い話、全部、正常な子孫を残せたら同種だと思います、
        そうじゃなかったら別種じゃない、
        ただし隔離の問題ではありません、

 

結局,ユッキーさんは「どの程度繁殖可能で正常な子孫を残せれば」
同種と認めるのですか?

『輪状種』を形成しているシロアシネズミの集団のように,
隣の集団同士は繁殖可能でも,両端の集団同士では繁殖できない場合は
どこに種の境目を引くのですか?

バンテンと家畜牛のように,雑種の雌にしか繁殖能力がない場合はどうですか?

北米のヒグマとホッキョクグマのように,
普通は交尾しないので雑種ができることはめったにないけど,
できた雑種には正常な繁殖能力がある場合はどうですか?

 

>>人間が名前を変えなければ、その種は同じ名前のままですよ
[ユッキーさん]新しく付けた名前なら判りますが、人が名前を変えた、
                       「変えた」物って人為的に作りだした物以外になにかあるの?

 

たくさんありますよ
種を細分化しようとする細分主義者と
細分化された種を一つにまとめようとする統合主義者は常に対立しています

リンネが記載したイノシシSus scrofaを,
> 細分主義者のライデッカーがヨーロッパイノシシSus scrofa、
>アジアイノシシSus vittatus、ニホンイノシシSus leucomystax
>などに細分した。
ユーラシア大陸のイノシシを、エラマンとモリソンスコットが
>一種に統合したのも、ヨーロッパイノシシとアジアイノシシを
>家畜化したと推定される2系統のブタが、自由に交配してなんの
>支障もなく子孫を残している事実を重視したタメであろう。
>たしかにブタには類骨の形状を異にする2つの系統がある。
>この違いはヨーロッパ系のイノシシと東アジア系のイノシシを
>別々に家畜化したために生じたらしいが、
>今ではこれらの品種は複雑に混じりあって、二種には分解できなく
>なっている。これではブタを単一の種と見るしかないだろう。
>だが家畜のブタが分割できないからといって野生のイノシシまで
>統合するのはどんなものだろうか。人為の加わった家畜種と
>野生種を一緒にすると、生殖隔離の有無が分からなくなり、
>分類が混乱してしまう。
(p.21-22.分類から進化論へ.今泉吉典 (著) .平凡社 (1991/06)

現在は,ヨーロッパイノシシSus scrofa scrofa,アジアイノシシSus scrofa uittatiis,ニホンイノシシSus scrofa leucomustax,インドイノシシSus scrofa cristatusなどと書く人が多いですね

 

野外での生殖隔離の有無を確かめるべきだとした
マイヤーの考えとも合致しないので,
人為の加わった家畜種と野生種を一緒して統合することには,
反対意見もあるようです
この理屈でいくと,アジア家畜牛Bos indicusとヨーロッパ家畜牛Bos taurusも
統合されてしまうかもしれませんね

 

ホッキョクグマUrsus maritimusとして記載されたのですが,
ヒグマ属Ursusとの形態的な違いを重視して,
ホッキョクグマ属Thalarctosを立ててThalarctos maritimuscとする
考えが提唱されました
最近はヒグマとの近縁性を重視して,Ursus maritimusとすることが
多くなりましたが,
古い図鑑とかだとThalarctos maritimusという記載が多いですよ

例えば,私の手元にある1960年発行の
原色日本哺乳類図鑑 (保育社の原色図鑑 7/著者:今泉吉典)),
でも,ホッキョクグマの学名はThalarctos maritimusになっていますね

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ちなみに,
なんで『日本』哺乳類図鑑にホッキョクグマが載っているかというと,
上記のように,
日本(北海道の宗谷と本州の新潟)で採集された記録があるからです